東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2436号 判決
証拠を併せ考えると、料理店「大善」はもと控訴人の父大坂善太郎の経営するところであつたが、高野長英は昭和二十五年頃から控訴人と内縁関係を生じ、その頃から「大善」の営業に関与するようになつたが、控訴人の父善太郎は病弱であつたため間もなく右長英にその営業の経営を託するに至り、昭和二十七年一月頃から善太郎は長英に対して印鑑、金庫などの管理を任せ、爾来長英をして「大善」の経営一切を担当させることとなり、更に同年二月十九日長英は善太郎と養子縁組をなし、同日控訴人と正式に婚姻し、次いで同年十二月父善太郎が死亡するや、長英は「大善」の営業主として所轄官庁に届出をなし、名実ともに「大善」の経営者となり、爾来昭和二十八年四月無断家出をするまで「大善」の経営を継続し、その間「大善」の営業主として金銭貸借、工事請負契約などを締結していたことを認めることができる。
そこで被控訴人主張の消費貸借契約について考えるのに、「大善」が控訴人の経営にかかるものであることを認めるべき証拠はないのみならず、反対に前段認定の事実のように、被控訴人主張の本件消費貸借契約が締結された当時の「大善」の経営者は高野長英であると認めるべきであり、また他の証拠によれば、本件消費貸借について控訴人は、少なくともその当時においては何ら関知しないところであつたといわざるをえない。ただ右高野長英は昭和二十八年四月三十日失踪により廃業し、同年五月一日控訴人が右「大善」の経営者として開業届を提出していることを認めることができるので、控訴人はその時において前に「大善」の経営者として高野長英の有した権利義務一切を承継したのではないかとの疑問も生じないではないが、右事実は被控訴人の主張しないところであるばかりでなく、仮りにそうだとしても、本件被控訴人の貸しつけた金員が果して「大善」の営業のために使用する目的に出たものであるか否か、また右貸付金のうちいかなる金額が大善の営業のために使用されたかの点についてはこれを確定するに足る証左はなく、却つて証拠によれば、被控訴人の本件貸金のうち昭和二十八年三月三十日の金百十万円及び同年四月中の金十二万円はいずれも右高野長英が被控訴人から騙取したものであることが認められ、右事実に徴するときは被控訴人の貸金の内百二十二万円は「大善」の営業とは直接の関係はなく、高野長英に貸しつけられたものと推認されるのであつて、たとえその余の貸金の一部は営業に使用されたとしても、単に営業承継の一事のみを以て、別段債務引受の約諾がないのにかかわらず、控訴人にこの部分について当然債務を承継したものとして支払の責を負わせることはできない。